活動事例

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NPO法人由良野の森の代表理事である鷲野宏さんにお話をうかがいました。
─ 鷲野さん、NPO法人由良野の森とは、どのような団体ですか?
鷲野:NPO法人由良野の森(以下、由良野の森)は、2005年に設立された任意団体「ゆらの」の活動を私たちが引き継ぎ、2017年に設立した団体です。活動の歴史は、「ゆらの」代表であった医師の清水秀明さんが、愛媛県久万高原町二名(くまこうげんちょうにみょう)由良野地区に元は桑畑であった土地を2003年に購入し、クヌギ・コナラなどの広葉樹を植林し始めたことにさかのぼります。里山を育てる森づくり活動のほか、さまざまな自然体験の活動をおこないながら、「自然と人とが互いに影響し合いながら変化していくという関係性を再認識することによって、常に幸せを感じられる、より良い持続可能な社会づくりに寄与する」(定款)ことを目ざしています。


─ どのような活動をおこなっているのですか?
鷲野:近年の活動の主軸は、「ブナの森づくりプロジェクト」です。50年後の社会に求められる自然の姿を想像し、奧山に人工林が造られる以前の植生を復元するために、その未来像から現在を逆算するバックキャスティングの発想で、現在必要な森づくり活動をおこなっています。由良野の森では、土地に適した樹種を選択することと、地域の自然と生物多様性を大事にすることを、2つの柱と位置づけて活動を進めています。
森づくりの手順としては、樹種選択→種子採取→播種→育苗→植樹(定植)→育樹という流れがあり、それぞれの作業の中には2つ柱が具体的に落とし込まれています。
樹種選択は、標高や地形などを考慮し樹種を選択します。種子選択では、遺伝子攪乱を起こさないように、地域内で母樹を選び、種子を採取します。育苗では、苗の由来(種子の産地)を管理し、定植までのトレーサビリティを保証しています。植樹の際には、山林の状態に合わせてバランスを考え、樹種や本数、植栽場所などを判断します。植えた苗を地理情報と共に記録して、シカなどによる食害を防ぐために、1年に数回は樹下植栽地の立木を除伐し伐木で防鹿柵をつくるなどの管理をおこないます。




─ 専門的な知識を軸にした森づくり活動が特徴なのでしょうか?
鷲野:由良野の森の特徴は、生態学的な知見をベースにした科学的な森づくりに限られわけではありません。そうではなくて、一連の森づくりの作業工程のほとんどに、実に多くの人・団体が参加しているところに特徴があり、関わる人や団体の多様性にこそ、由良野の森が大事にしている考え方が表れています。
ブナの実が落ちるのは、10~11月の2~3週間ほどに限られる上に、実ができるのは隔年で、よく実がなるのは6~7年に1回と言われています。貴重なタイミングを逃すわけにはいかないのですが、年によって実が落ちる時期が違いますし、晴れた日におこなうものなので、種子採取は予定を立てにくいという課題があります。学校教育の中で子どもたちと一緒に組み込めるとよいのですが、行事予定の中に組みこむことが難しいのです。それでも、松山市内の複数のフリースクールと連携して、種子採取には子どもたちに参加してもらっています。ドングリには虫が入っていることが多いので、虫が入っているかどうかを判別するために、実際に食べてみることを勧めるなど、自然と直接ふれ合う貴重な体験の機会を提供しています。
育苗では、NPO法人パステルくらぶ(久万高原町)という障がい福祉団体と連携して、知的障がいのある人たちに水やりなどの管理を委託しています。由良野の森では、久万高原町の中心に近い圃場で30種以上17,000本近い苗木を育てており、4月~11月の毎日(雨の日以外は)の水やりは欠かすことはできません。
─ 地域性の苗木づくりは、うまくいっていますか?
鷲野:現在、ブナ、ミズナラ、シデ、シオジ、サワグルミ、カツラなどを育てていますが、うまく育たない樹種もあります。トチ・カシ類をはじめ一般にドングリから育てる広葉樹はよく育つのに対して、針葉樹は難しいです。種苗業者は地域性の苗木を殆ど育てていないので、アドバイスをいただきながら試行錯誤で育苗しています。


現在、種子から育てる苗づくりでは、生育を促すために化成肥料を使っていますし、病気にかからないように、また圃場に病気が広がらないように納豆菌由来の殺菌剤等薬剤も撒いています。有機農法に近いかたちでの育苗を目ざしているものの、森づくり活動の基礎となる苗づくりの場合、大きな失敗が致命傷になるという判断からです。
由良野の森の場合、活動の目的は「森に関わってもらうこと」を主眼に、現時点ではオーガニックな苗づくりではなく、慣行的な方法を選んでいます。また、育苗に用いる土には、ホームセンターで入手できる鹿沼土、培養土、炭を使っています。これは、どこでも実践できる地域性の苗づくりのモデルを作りたいと考えているからです。

─ 企業と連携して取り組まれていることもありますか?
鷲野:播種やポット上げ、そして植樹にも、フリースクール、子育てNPO、児童養護施設、企業、海外の環境団体など、多くのボランティアが参加しています。その中には、大東建託株式会社、株式会社NTTデータ四国など、企業のCSR活動の一環として参加したり、近年強く求められている生物多様性という視点から、由良野の森の活動に興味を持ったりする企業もあります。
由良野の森はウェブサイトとSNSで情報を発信し、口コミによる紹介で外部のパートナーを確実に増やしています。企業と連携を図るときは、活動の趣旨を丁寧に伝えるよう心がけています。
─ 外部の団体と連携を組むときの課題はありますか?
鷲野:体制がまだまだ不十分で、外部からの問い合わせに対して十分に対応できていないという課題があります。由良野の森は、住民の高齢化・人口減少が進み、典型的な「消滅可能性自治体」である久万高原町の山の中に事務所を構えています。従ってスタッフの常在が難しく、活動に影響しているのが実感です。とても1つのNPO法人だけでは解決できないと感じています。
─ そのような厳しい現実に対して、どのように向き合っていますか?
鷲野:「自然と人が互いに影響し合いながら変化していく関係性」を再認識してもらうことを大切にして、森づくり活動を展開しています。つまり、由良野の森の場合、森づくり活動が同時に人づくり活動でもあり、森づくり活動は人づくり活動のための手段ともいえます。活動を通し「自然界での『私』の働きとは」と再認識することで、関わる皆さんの自然観が広がっていくことを期待しています。

森を含めた自然環境を壊してきたのが人間なのだから、残された自然を守るだけではなく失われた自然を再生して次世代に受け渡すには、人間の側の認識が更新されなければなりません。そのために、まずは森づくりの活動に参加・体験してもらうことが大事であり、とにかく何らかのかたちで関わってもらうように、各方面に働きかけています。
─ 鷲野さんの社会変革に向けた情熱は、いったいどこから来ているのでしょうか?
鷲野:私は、1995年に阪神淡路大震災から3か月間ボランティアとして被災地に入りました。そのときに見たのは、さまざまな課題が次々と解決され、やりたいことができていく風景でした。人びとが力を合わせれば、ボトムアップでできることは大きいと感じたのです。
自然再生をめざすとき、私たちの自然観が大きく異なっていると、協力関係をつくることができません。昔の森の姿に回復するときにも、木を植えるべきか自然に任せるべきか、自然観がまとまっていないと話になりません。
だから、私は人びとの自然観に着目しています。そして、「自然の本質は変化」ですから、人間が自然と関わる中で生きてきた歴史を踏まえ、そうした関係性の中で生きることが幸せだと思う感性を磨くために、さまざまな人・団体を由良野の森へ誘いながら森づくり活動を続けています。
