『地球環境時代における森林の多面的機能の役割
- 地球温暖化防止吸収源としての今後の展望- 』
森川 靖(早稲田大学人間科学学術院教授)
私は今現在、京都議定書でのAR-CDM(新規植林-クリーン開発メカニズム)に関する海外での仕事が多いものですから、今回は海外の話が中心になります。国内の森づくりには直接関係がない話が多くなるかもしれませんが、海外での問題は国内にもあるのではないかと思いますし、やはり地球規模で森林をどうするかを前提に置いていただいて、それぞれの森林づくりなり緑の再生を考えていただきたいと思います。
地球の歴史から見て温暖化のスピードは驚異的
46億年という地球の歴史は長すぎて、なかなか見当がつきません。よく中学や高校の教科書に出てくる、地球の歴史を1年間に換算したカレンダーでみると、7月20日に藻類の出現し、原始大気の中に一気に酸素をつくり出すという活動が始まりました。我々の祖先と言われているサルが出現するのは12月27日、本当の祖先である現生人が出てくるのは12月31日23時54分。そして、人間が地球環境に影響を与えるスタートとなる農業や牧畜が始まるのが23時59分というオーダーです。そう考えると、地球温暖化の速度はいかに速いか、かつて恐竜の時代にも地質的な気候変動がありましたが、それに比べていかに私たちの活動が温暖化の速度を上げているかが分かると思います。
そしてその原因として、温室効果の効力を持つCO2が大気中に増えていることが指摘されています。
このまま温暖化が進むと、21世紀末には1990年に比べて気温が最大で5.8℃上昇してしまい、砂漠化の進行、異常気象、感染症の発生等、いろんなことが懸念されています。そのなかで氷河や氷山が融解し、海水が傍聴して海面水位が上昇するとも言われていますが、実はこれは間違いです。陸上の氷が溶けるのは問題ですが、海の氷山は海水面上昇には関係ありません。ウィスキーのオンザロックで氷が溶けても水位が変わらないのと同じです。
地球温暖化の推移グラフ
人間と家畜で5億tオーバー
陸上だけで考えると、植物は1兆6000億t、野生動物は10億tというバランスで地球の生命が誕生し、発達してきました。ところが、この野生動物のごく一部の脊椎動物の、さらにごく一部のヒトが、すでに1億t存在しているのです。同じように脊椎動物のごく一部であった家畜は4億t存在しています。
このバランスだけ考えても、すでに地球環境ではヒトと家畜で5億tオーバーとなっており、地球環境に明らかに大きな影響を与えてしまっています。ですから、持続的な社会を築くためには、人間活動をどうするかにかかっているのです。
コモンズ(共有地)の悲劇
「コモンズの悲劇」という言葉があります。コモンズとは、イギリスのいわゆる囲い込み運動があった時代の前の共有地のことを指します。ではなぜ共有地が悲劇なのかというと、例えば、牛を最大100頭飼うことができる共有地としての牧草地があったとします。つまり1人が10頭で10人ならば持続可能な共有地ということになります。生態学で言えば、環境容量内ということです。しかし1人が11頭飼ってしまうと、合計101頭となって環境容量をオーバーし、結果として土壌劣化や流出を起こして環境容量が減り、最後には使えなくなってしまいます。つまり特定の利益が全員の不利益を生み出すわけです。
これは公害問題などにも置き換えられます。例えば水俣でのチッソの話でも、会社が流出水銀の除去装置を付けないだけ利益を上げたけれど、その分、地域住民が不利益を生じたわけです。足尾鉱毒の問題も、脱硫装置を付けなかったことで、渡良瀬川の下流住民全員に不利益が生じたわけです。
地球環境も、いまの私たちから見ればひとつの共有地です。この地球環境を、特定の利益が大勢の不利益になっていかないように、どうしていくのか、が大きな課題となっているのです。
森林減少は滅びに、揉め事に通じる
約4,000年前に、世界最古の叙事詩である「ギルガメッシュ」が書かれています。これは、チグリス・ユーフラテス文明にあったウルクという国の王、ギルガメッシュの物語です。この叙事詩の最後にギルガメッシュは「地上には人間と人間によって飼育された動・植物だけしか残らなくなった。それは荒涼たる世界だ。人間の滅びに通じる道だ」と言い残し、息絶えます。
4,000年前に、人間活動が自然を再生させないことがいかに危ないかをすでに言っているのですが、人間はそれを続けてきてしまっています。そしてそれは、森林資源を使うことに始まっているのです。
「1990年を100にして森林の推移を見ると、先進国の森林は明らかに増えていて、途上国の森林は減っている」という図がよく使われています。「だから熱帯林を守れ」ということに使われるわけです。ところがヨーロッパやアメリカも、かつては森林大国であり、工業化・近代化によって大量の森林をなくしてきました。ですから当然途上国の人たちは「皆さんはかつて森林を壊して今の繁栄がある。私たちが同じことをして何が悪い」と怒るわけです。気候変動枠組み条約でも揉め事の原因はこれです。私たちが森林の変化を扱うときは、数値の用法をよく考えなければなりません。
現在の森林減少の要因
とはいえ、今の途上国の森林減少はサイズからして著しいのですが、その多くに先進国がなんらかの形で噛んでいます。森林減少の要因のひとつである焼畑移動耕作は、先進国の需要に対して森を焼いて、保障栽培といわれる換金作物をつくっているわけです。
また、大きな問題になっている違法伐採があります。違法だから数量化できませんが、この現状はゾッとします。インドネシアのロンボク島には、標高の高いところに保護区があって立派な森林があるのですが、ここの大木もどんどん盗伐されています。チェンソーは音が出るので長いノコギリをつかって伐採し、丸太で出すのは重いので現場で製材してしまうということが、いまも行われています。
さらには熱帯地域の森林火災も大きな問題です。例えばボルネオの泥炭地帯にいったん火が着いて燃えはじめると、永遠に消えずにそこら中に熱が残ってしまい、木は枯れてしまいます。見た目では森林火災が起きていなくても、森林は減少してしまうのです。インドネシアでは1990年以降、毎年130万ha、長野県と同じくらいの面積が消失しています。その大きな原因は、やはり大森林火災です。カナダやロシアの森林火災と違うのは、その原因は明らかに人の影響があるようです。要するに焼畑による飛び火、もしくは火付けがあるのです。
森林面積の減少
毎年32億tの炭素が大気中に増えている
地球環境と森林の問題について考えるときに思い出して欲しいのは、いわゆる植物の光合成です。要するに、二酸化炭素と水から有機物をつくり、その時に酸素を出すという働きです。しかし、それは逆もあって、有機物を酸素を使って燃やせば、二酸化炭素と水ができるわけです。
地球の炭素の分布で重要なのは、実は石灰岩です。植物が、主に藻類が光合成をして炭素を貯め込んだ先は、石灰岩なのです。したがってCO2発生の原因として化石燃料の燃焼が言われていますが、もうひとつ重要なのは石灰岩を使うこと、要するにコンクリート生産なのです。1tのコンクリート生産で0.5tの二酸化炭素が発生してしまいます。
仮定として、生物圏の光合成活動を全部止めて、20兆tの化石燃料を全部燃やしたら地球環境はどうなるかというと、酸素は20.9%が20.4%に、二酸化炭素は350ppmから5,000ppmになります。私たちがいくら何を燃やしても、酸素は問題になりません。ですから、森林の機能として酸素を出してくれるから重要なのではなく、やはり二酸化炭素を貯め込む機能があるから重要なのだと言うことになります。
IPCCが昨年に出した地球規模の炭素収支では、海洋や陸上生態系での吸収48億tに対して、化石燃料や熱帯地域の土地利用変化といった排出が80億tあり、年に32億tずつ大気に炭素が増えているとされています。したがって、地球温暖化の進行を抑えるために、陸上生態系の吸収機能をいかに維持するか、熱帯地域の排出をいかに抑えるか、そして最も重要な、私たちの活動そのもので化石燃料をどう抑えるかにかかっているのです。
森林を倉庫、CO2を荷物と考える
「森林は大気中のCO2を吸収してくれて、その分だけ大気中のCO2が減るのだから、森林を大切にしましょう、温暖化防止のための森林を育てましょう」という話は、まさにその通りです。しかしよく考えると、木は燃えてしまいます。あるいは台風が来て大量の木が倒されれば、燃えないにしても分解されることによってCO2は大気中に出て行ってしまいます。したがって、いわゆる森林はカーボンニュートラルと言われ、地球上の二酸化炭素の変化には関与しないとされています。
林業や私たちの生活で大事なことは、ひとつ簡単なのは森林を燃やさないで、なるべく長期間保つということですが、それではまだ手ぬるいわけです。そこで森林を倉庫、CO2を荷物と考えてみましょう。倉庫に荷物をドンドン入れていくと、やがていっぱいになります。新しい荷物を入れたいならば、すでに入っている荷物を出してあげればいいわけですが、その時に燃やしてしまったら元の木阿弥ですから、例えば木材利用というかたちで荷物を持ち出してやればよいわけです。
海外での森林修復の失敗と成功の要因
では、倉庫をどう増やしていくか。
例えばフィリピンの、JICAの初めての国際協力事業として1976年にスタートした荒廃地造林(パンタガンプロジェクト)の事例では、過度の焼畑で土壌もない、完全に倉庫機能をなくした土地を、日本の技術と技術者の意地によって森林に戻しました。私たちには乾期が3〜4カ月続く場所での植林活動は経験なくて、これは大変な努力が必要でした。雨期には成功したように見えても、乾期になると枯れてしまうのです。それをいかに守ったかというと、焼畑による飛び火、もしくは火災防止だったわけです。
このプロジェクトは1992年に終了しましたが、一昨年行ってみたら、オフィスは廃墟になっていました。そして、8,100ha森林を造成したうちで現在残っているのは辛うじて2,700haだけで、あとは燃えてしまっていました。
一方、JICAの第2回目の国際協力事業として行った、南スマトラでのブナカット森林造成プロジェクトは、現在は見事なマホガニーの林になっています。木材生産まで行われており、拍手喝采ものです。
フィリピンでは燃えた、南スマトラでは残った。これはなにかというと、原因は簡単です。住民が入らないように柵をしてしまえば、火が入らずに森林になるのです。かつて森林であったところは、必ず森林になるのです。
ユーカリの産業植林は善か悪か
私たちが海外でやっている植林形態には、産業植林と環境造林の2種類があります。この産業植林の形態が、よく環境系NGOの方々のターゲットになっています。例えばブラジルの産業植林は、6〜8年で見事に森林になるのですが、全山がユーカリです。植林も散水も機械化した、大機械化造林によって、これを産業として成り立たせているわけで、24時間製材もしています。この形態に対する批判はすごいものがあります。
ブラジルで産業植林が行われているような土地は、過放牧で土砂流出を起こしていて、牛を飼う能力も失ってしまった場所です。生産性がないところにユーカリを植えて成功したのですから、批判される理由は無いのですが、批判しているNGOの方々は「モノカルチャーで景観が悪い」と言うわけです。しかし考えてみてください。土地利用のあり方として、ブラジルにポルトガルが入ったときに大森林を焼き払って牧場化したわけですから、景観が悪くなったと言うけれど、それはユーカリ植林ではなくて牧畜のせいであるとも言えるわけです。批判もどの時点のことを念頭に言っているのかが、ゴチャゴチャになってしまっています。
ユーカリの産業植林
森林修復にはPlant&Burnを止める方策が必要
東南アジアの問題と南米の問題ではちょっと次元が違いますが、いずれにしても森林修復で問題になるのは「Plant&Burn」、つまり植えると燃えるの繰り返しです。
多くの植林事業では植栽費が地域住民に落ちますが、木が育ちはじめると地域住民にお金が入らなくなってしまいます。だから焼畑を始めてしまうのです。そうするとまた荒廃地になり、どこかの企業かなんかが助けてくれて植林をするけれど、それが引き上げたらまた燃やす。この繰り返しです。つまり森林修復は、いかに地域住民に利益が存続するかが問題なのです。ですから、いかに私たちは、地域住民に利益のある植林が出来るか、ということが重要なのです。
京都議定書の吸収源CDM(クリーン開発メカニズム)は、成林させないと炭素クレジットは発生しません。そういう意味ではこのシステムはPlant&Burnを止める、ひとつの方策だと思います。
森林再生技術には予算がつかない…
私たちのように森林の再生をやっていると、技術開発の予算はあまりもらえません。「何が新しいんだ」というわけです。
ところが同じCO2吸収技術でも、バイオリアクターをつかってクロレラを培養するといったものには、予算が付くんです。これはクロレラを定期的に取り上げていけばCO2吸収の永久機関ができるし、なおかつクロレラは食料になるという技術ですが、最近はさすがに言われなくなりました。せっかくCO2を固定しても食料にしたら出ていってしまいますから、固定したことにはなりません。しかし、こういうところに予算がついて、気力と体力の植林には予算がつかないのが現状です。
人間サイドへの影響がない限り人ごとに過ぎない
生物多様性の保全は遺伝子の保全であり、種の保全であり、生態系の保全であり、景観保全であると言われています。しかしそれを言っている人間は、例えば世界中の大学生はみんなマクドナルドのハンバーガーを食べていたりして、食生活をはじめ多様性をなくしています。なにか変ですよね。そういう意味では、私たちの心の多様性も守っていかなければならないと思います。「豊かな森林をつくることは、結果として人間を豊かにする」といったように、人間サイドへの影響がない限り、生物多様性保全は人ごとにすぎないのではないか、というのが私の印象です。
資生堂が、かつて「勝つために空き瓶回収にご協力ください」という広告を出していました。今なぜそれをやらないのでしょうか。環境のためにチューブ容器を辞めて空き瓶回収をやれば、結果として小売店を中心とした地域社会システムも復活するのではないかと思います。また、その広告には「よく伸ばすこと。工夫で半分でも済むように」とまで記されています。いずれにしても、企業の皆さんは環境問題でいろいろ活動をされていますが、ここまでやっているコマーシャルは、今ではないのではないかと思います。
思いこみで判断せず科学的根拠を持って
最後になりますが、環境問題を考えるときは、自分の思いこみで判断をせず、必ず科学的根拠を持ってもらいたいと思います。
例えば、砂漠化したところでの緑化に、吸水性ポリマーを活用する話がありますが、これには科学的根拠はありません。吸水性ポリマーは水を吸いますが、吸収した水を放すまいとしますから、そこに水があっても植物は吸えないのです。さらに言えば、もともと乾燥地ですから、もし成功しても常に給水しなければならなくなってしまいます。それならば無理して吸水性ポリマーを使うことはないのではないでしょうか。もっと基本的な、どんな樹種を植えるとか土づくりとかを考えることのほうが必要だと思います。
思いこみで判断すると、どこかに落とし穴が待っています。


