森づくり活動チェック!環境貢献度etc

『サスティナブルな循環型社会の実現に貢献する森林の
多面的機能- 健全な水循環への貢献を中心に -』

太田 猛彦 (東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科 教授)

「森林は豊かな生物多様性を持ち、温暖化防止、国土保全等の多面的機能を発揮し、さらに美しい景観を見せてくれます。また、驚異的な生物同士のつながりがあり、その物質循環系は廃棄物を出さない、循環型社会のお手本です。だから、森に入って木や草や動物たちに触れてみましょう」

普通、森林について語られているのは、こんな話でしょう。でも今日は、ちょっと違う形で、私の森林に対する考え方、あるいは感じ方をお話ししたいと思います。


多面的機能を理解するための「森林の原理」

森林の多面的機能という言葉は、農林水産大臣から学術会議に「地球環境・人間生活に関わる農業及び森林の多面的機能の評価について」という諮問があり、それに対する答申が2001年に出たのですが、そのあたりから盛んに使われるようになりました。

その時、私は学術会議会員の新入生だったのですが、会員に森林の先生はあまりおりませんでしたので、森林の多面的機能についてのワーキンググループをまとめる役が回ってきました。そこで私は、多面的機能を理解する上で、森林と人間の関係をもう一度考え、「環境原理」「文化原理「物質原理」からなる森林の原理を考えたらどうか、と提案しました。

環境原理

まず大事なのは、森林/植生は自然環境の要素だということです。そんな森林が世界中で、少なくとも半分はおかしくなっているというのは、それだけでも大変なことです。そして、自然環境の要素は、水循環とか物質循環といったものでつながれており、それによって環境はバランスをとっています。ですから、自然環境を理解するためには、循環も理解しないとならないわけです。

そして森林は、現在の環境を形成しているだけではありません。地球上には4億年前から森林があるのです。最初はシダの森林が海岸にしかなかったのですが、針葉樹が出現したことで内陸まで森林で覆われ、その働きによって気候が安定するようになりました。そして被子植物が出現することで生物多様性が広がり、土壌までもつくってきたのです。

さらには人間も、この森林から生まれました。つまり森林は約4億年かけて、人間まで含めた現在の自然環境を創造してきたのです。森林は、そこまで根源的な力を持っているということです。したがって、森林は人間にとって生存そのものを保障する基盤の一部であり、生活のほとんどの場面で森林が有効なのは当然です。

こういった内容が、森林の環境原理ということになります。

文化原理

日本は農業国家で農耕民族と言われていますが、私はその言い方が不満です。日本人は農耕森林民族なのです。特に稲作は、背後に里山がないと上手くつくることができません。そう考えれば、日本人の文化や民俗性は、長い間の森林との関わりで形成されてきたのです。すなわち、森林は日本人の「こころ」にも影響を及ぼしている、ということです。

これが森林の文化原理ですが、これは環境原理の一部でもあります。

利用原理

木材の生産は、光合成生産物の最も効率的な利用法です。ところが、その森林をあまり使いすぎると木がなくなってしまい、環境原理とバッティングを起こします。つまり、どっちもうまく使わなければならないということです。

環境原理と利用原理はトレード・オフの関係になると言われています。持続可能な森林の管理経営とは、この両方を上手く活かすことなのだろうと思います。


多くの機能を重複的に発揮してこそ森林

学術会議の答申では、森林の多面的機能を「生物多様性保全」「地球環境保全」「土砂災害防止・土壌保全」「水源涵養」「快適環境形成」「保健・レクリエーション」「文化」「物質生産」の8つに分けました。

このなかで「生物多様性保全機能」や「文化機能」のような根源的機能は、そう簡単には数字で表せません。それに対して物理的な機能は数字で表すことが出来ます。ですから「CO2を3.8%吸収しましょう」というようなことも言えるわけですが、森林はそういった数字で表せるものだけではなく、もっと大きな価値を持っているわけです。

林野庁には叱られるかもしれませんが、森林の多面的機能の特徴として、ひとつひとつの機能はそれほど強力ではない、ということが言えます。しかし、それを重複的に発揮できるから、総合的に見て強力なのです。それこそが森林の機能です。つまり、例えばダムの代わりに水を貯めようとか、木材生産だけを考えてはダメだ、ということです。いかに総合的に機能を発揮させるかが、森林整備の技術だろうと思います。


森林は唯一人工エネルギーを必要としない

現在、土地利用は「森林」「農地」「都市」の3つに大別されます。人工林と農地とを一緒にして生産緑地とし、人工林と自然林との間に境界を設ける先生が多くいらっしゃいますが、私は農地と人工林の間に大きな境界があり、人工林も自然林と含めて森林だと考えています。

それは、そこに投下されるエネルギーを考えれば明らかです。都市は人工エネルギー、要するに地下資源だけを使っています。農地と林地は両方とも太陽エネルギー、つまり光合成です。だから同じだと言われるわけですが、農地は肥料や潅漑用水といった人工エネルギーも使って農業生産を上げています。しかし森林は全くそういうものを入れずに太陽エネルギーだけで50年、あるいは100年かけて木を育てていくという世界です。だからこそ、そこからきれいな水が出てきて、それを農業や都市は必要としているのです。

そうして考えると森林は生産性が悪いわけで、儲からないのは当然です。しかし、そうだからこそ重要なのです。ですから私は、森林に都市からお金を入れるのは当然だと思っています。


江戸時代に比べて現在の日本の森林は豊か

もう少し、人間と森林の関係を見てみましょう。

1680年代の三河地方の農業書には、「村里の東西南北を野山が囲み、飼料の馬草や燃料の薪が得られること」「野山の麓に高知に注ぐ水が豊かにあること」等々が理想的な農村の立地条件だと書かれています。しかしその当時、実際には田の周りにはハゲ山や草地しかなく、森林はありませんでした。安藤広重の東海道五十三次などを見ても、豊かな森林は描かれていません。描かれているのは、栄養のないところに生えるマツだけです。

日本の森林は、実は江戸時代の終わりから明治の中頃までが、もっとも荒廃していました。豊かな森林が国土の半分にまで減ったこともあります。なぜ江戸時代かというと、人口が3倍になったからです。当時の日本には、資源が木と石と土しかありませんから、あるだけの木を使ってしまっていたのです。そういう意味でも、日本は農耕社会ではなくて、農耕森林社会だと言えると思います。

そしてこれが、環境原理と利用原理のトレード・オフの関係なのです。木をたくさん使うと山が荒れ、土砂災害や洪水が起こる。江戸時代は、それがあまりにひどかったから、貝原益軒とか熊沢蕃山といった人が治山治水を始めなければならなかったわけです。

ところが現在は、ほとんどの森林が回復しています。よく森林が失われている、荒廃していると言われていますが、これもひとつの事実なのです。

また、人間の生活が変われば、生態系も変わります。例えば、かつてのような農業を行わなくなったことによって、里山に手が入らなくなりました。そうなると、植物の遷移が始まり、元の山に戻っていこうとしはじめます、その状態は、かつての手入れされていた里山の植生に比べれば荒れているように見えるかもしれません。しかし、山崩れは明らかに減っています。里山の時代には、実はハゲ山も草地も多く、ものすごい土砂災害もあったということは忘れないでほしいと思います。ついでに言えば、山崩れが減れば川から海岸へと土砂が出て行きません。ですから海岸が浸食されていくのは当然なのです。


明治の森林


洪水緩和機能は森林土壌の働き

森林の水源涵養機能には「洪水の緩和」「水資源の貯留」「水質の浄化」の3つがありますが、実はこれは全部、森林土壌の働きによるものです。

水循環に対する森林の機能に関するデータがないと言われますが、そこにはたくさんの要素が関わっていますので、簡単にデータがとれないのは当然です。同じ雨は一度も降りませんし、場所をちょっと変えれば地質も気候も違います。

そういうなかで森林がある場合、ない場合を比較するのは大変なのです。それでもやはり比べてみたいので、ほぼ同じ地形・地質で、一方の森林を伐ったらどうなるか、といった観測が世界中で行われています。ところが、こんなすごい実験を一生懸命やっても、「森林は洪水を防ぐ」というデータは全く出てきていません。

裸地斜面に雨が降ると流量が増えることは分かっています。土の中に水が浸透さえすれば、洪水緩和機能は成り立つのですが、裸地の場合は、例え畑のようにフカフカの土だったとしても、水は土壌に浸透していかないのです。なぜかというと、雨粒によって土の粒が潰れ、表面に膜が出来てしまうからです。では、なぜ森林があると水が土壌に浸透するのかというと、落ち葉や枯れ葉によって直接雨粒が土に当たらないために、膜が出来ないからなのです。ですから、いくらスポンジのように間隙が多い森林土壌であっても、その上に落ち葉や枯れ草がなければ、水が土壌に浸透していくことはありません。


水循環の原理


森林は水を消費するということも考える必要がある

では、水に関して地上にある森林はどん役割を果たしているかというと、実は水を使うばかりなのです。森林のあるところでは流量が減る、森林を伐採すると流量が増えるということは、世界中で結果が出ています。

しかし、「これは困った」ということにはなりません。森林が水を使って量が減ったとしても、それをとゆっくり流し出してくれれば、私たちが使う機会が長くなるからです。いくらたくさんの水が流れ出てきたとしても、それが全部3日で海に流れてしまうのであれば、その水はほとんど使えません。ゆっくり流し出してくれるから、使いやすい水になるのです。森林の水を貯留する機能、緑のダムの機能というのは、そういうことです。

しかし、3〜4週間も雨が降らないようなギリギリの渇水の状態では、森林は水を使ってしまうので、やはりダムに頼るしかありません。これも事実です。森林の水源涵養機能は、森林が水を消費するということも考えなければならないということです。


水源涵養機能と木材生産とは両立できる

日本にはもうハゲ山はほとんどありませんから、水源涵養機能はおおむね発揮されています。ならばこれ以上の水源涵養機能は期待できないのかというと、そんなことはありません。そのためには、森林が消費する水を出来るだけ抑えていくことが必要になります。

極端に考えれば「なら森林なんてないほうがいいじゃないか」となりますが、そういうわけにはいきません。森林がなければ、木材生産等の他の多面的機能が発揮されないからです。ですから森林も土壌も、その両方を上手く管理していかなければならないのです。

では、森林の水消費を制限させるにはどうすればいいのか。それは、水源を涵養することが出来る土壌を残しながら、上手に伐採して木材を利用していけばよいわけです。つまり、水源涵養機能と木材生産とは両立できる、ということなのです。


真の循環型社会と新しい「森林の原理」

平成12年に「循環型社会形成推進基本法」が交付されました。しかしこれは、都会の循環型社会しか考えていません。真の循環型社会を形成していくためには、森林や農業まで考える必要があると思います。ここまで簡単に、地球史あるいは人類史と森林との関係を見てきましたが、それを全部つなげると、これからの循環型社会をどう形成するべきかが分かります。

人類文明発祥以前の森林は、地上に分布を広げることで生物多様性を増大させ、大気中の炭素を地下に貯め込んできました。しかし産業革命以降、人類は森林を減少させ、生物多様性を減少させていきました。そしてまた、地球が46億年かけて地下に貯め込んでいった鉄鋼資源やセメント資源、石油、石炭等を全部外に放り出しています。人類は、地球環境系が行ってきたことの真逆をやっているのです。ならば私たちは、リデュース・リユース・リサイクルの循環型システムを進化させるだけではなく、それを取り巻く森林自然域の多面的機能の発揮にも取り組み、共に進化していかなければならないのではないでしょうか。

昨年6月に「21世紀環境立国戦略」が策定されました。そこでは持続可能な社会は「低炭素社会」「循環型社会」「自然共生社会」の3つを統合的に取り組むとされています。これは、先程からお話ししている社会そのものです。そして、そういう中で木材は、循環型社会にふさわしい資源だと言えるでしょう。そうして考えていくと、新しい森林の原理が見えてきます。

持続可能な木材生産を行えば、木材は現太陽エネルギーの所産であり、真の循環型社会における本源的資源となる、ということが新しい利用原理です。そして、真の循環型社会では、森林の環境原理を最大限に生かして、環境を保全していかなければなりません。さらに文化原理として、真の循環型社会を「こころ」の面から支える役割を森林の多面的機能は持っている、ということになります。


役に立つ、活力のある森林にしていくことが「美しい森林づくり」

現在の森林の荒廃の問題は、私は量的なものではなく質的荒廃だと捉えています。これを役に立つ、活力ある豊かな森林にしていくことこそが、「美しい森林づくり推進国民運動」だと思っています。

美しい森林にしていくには、森林・林業サイドだけでは原理的に無理です。どうしても都市に頼らなければなりません。ですから、企業の皆さん、ボランティアの皆さんには、ぜひご協力をお願いいたします。

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