森づくりインタビュー - 野口 健さん

「森づくり」について各界の著名な方に語っていただきました。

「環境問題に対する運動は,もっと国民全体のアクションとして広げていくべき」 アルピニスト 野口 健さん1999年にエベレストの登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立した野口健さん。日本屈指のアルピニストであるとともに、2000年から開始しているエベレストや富士山での清掃活動等、境問題への取り組みもよく知られており、「美しい森林づくり全国推進会議」設立発起人でもある。今回は、「世界中の森林の中で白神山地の原生林が一番好き」という野口さんに、森林やみどりへの想いをうかがいました。

「環境問題に対する運動は,
もっと国民全体のアクションとして広げていくべき」

野口 健さん

アルピニスト

1973年、アメリカ・ボストン生まれ。高校時代に故・植村直己氏の著書『青春を山に賭けて』に感銘を受け、登山を始める。1999年、エベレストの登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。2000年からはエベレストや富士山での清掃活動を開始。以後、全国の小中学生を主な対象とした「野口健・環境学校」を開校するなど積極的に環境問題への取り組みを行っている。

色や匂いに飢えるという感覚

父親が外交官でしたので、私はアメリカのボストンで生まれました。でも、アメリカにいたのはほんの数カ月。その後、私が幼少の頃に暮らしたのはサウジアラビアやエジプトといった中東が多くて、特にエジプトが長かったですね。ご存じの通りエジプトは、ナイル川周辺以外は全部砂漠の国です。たまに日本に帰ってきたときは、長野県の小諸の近くの別荘で過ごすのですが、それが子どものころの私には、ものすごく楽しかったんです。それは今考えると、子どもながらに、緑に対しての飢えがあったのではないかと思います。

そういう感覚は今でもあって、例えばヒマラヤに行っても一緒です。ベースキャンプを設置するあたりは岩と氷ばかりで、湿気がなく、植物はほとんどありません。そして、実は匂いと色も全くないんです。そんなところに2カ月くらいいると、色と匂いに飢えてきます。その後、3000mくらいのところまで下りてくると、湿気が感じられ植物も見られるようになり、いろんな匂いがしてくると、もうキョロキョロしたり、イヌみたいにクンクン嗅ぎ回ってしまいます(笑)。生き物がいるところには、必ず匂いがあり、色があります。そして人間は、そういうものから安心感を得ているんですよ。

これらの感覚は、それがない環境に行くことで気がつきますし、敏感にもなります。そういう面では、子どものころの経験が今も生きていることを感じますね。

ヒマラヤで感じた環境教育の重要性

interview-noguti2

エベレストには、世界中の登山隊が来ています。この春(07年)は48隊が来ていました。そこで私たちはゴミを拾ってきたわけですが、その時に見回すと、ゴミを捨てる隊と捨てない隊があって、それは出身国で変わるんです。欧米の国は比較的きれいにして帰っていきますが、反対にドカッとゴミを捨てていくのは日中韓やインド隊ですね。ゴミをきれいに持って帰る隊の国に行ってみると、環境意識の高さを、反対の国は日本を含めて、環境意識の低さを感じます。

清掃しているとよく分かるのですが、80年代の日本隊は堂々とゴミを置いて帰っています。90年代半ばになると岩陰に捨てるようになっていて、まあ一歩前進ですね。2000年代に入ると、絶対見つからないようにとクレバスに捨てていたりするのですが、その隊のシェルパが私の清掃隊のシェルパになったので、全部見つけてしまいました(笑)。さすがに最近では、日本の隊はかなりゴミを持って帰ってくれています。

実は97年にエベレストの国際隊に参加していたとき、スウェーデンの登山家に「日本人はそれだけ教育を受けているのに、なんでゴミを捨てるんだ」と言われたことがあります。その当時は、ピンとこなかったのですが、彼が言っていたのは環境教育のことだったんですね。私が受けてきた義務教育(海外でも日本人学校でしたから、日本的な授業がほとんど)を思い出してみると、確かに公害のことは習ったりしましたが、「じゃあ、どうしたらいいのか」という踏み込んだ内容ではありませんでした。つまり、環境教育にはなっていなかったんですね。そういうことから、『野口健・環境学校』を始めたのですが、これは希望者を対象にしたものです。それはそれで大事なのですが、本当の意味で環境教育を広げていくためには、義務教育の中に入れていかなければならないと思いますし、それが現在の私の大きなチャレンジになっています。

06年から、小諸市の小学校の総合的な学習の時間の中に『野口健・森林教室』を取り入れてもらっています。間伐や枝打ちをすると森林が明るくなることは、どの子どもでも実感できます。それは環境問題のほんの入り口でしかありませんけれど、その地域の子どもたちが全員それを感じる、ということが大切だと思います。今、東京都は88haの埋め立て地を「海の森」として造成していますが、その森林づくりを都内の小中学校の義務教育の中に組み込めないか、と提案しているところです。

環境問題は自然が相手ではなく人間社会が相手

環境問題でも森林づくり運動でも、活動している方の多くが最初から完璧を求めてしまい、極論に陥りがちです。私の活動にはいろんな企業がスポンサーとしてついてくれていますが、「あなたは環境問題をやっていて地球温暖化と言うけれど、あなたがバッチを付けている石油会社は温暖化のA級戦犯だ」なんて噛みついてくるわけです。でも、私たちの暮らしで石油は否定できませんよね。環境問題は人の生活と直結しているものです。それを切り離して考えるのは意味がありません。いろんな活動をしている人に言いたいのは、「0か100か」ではなく、そのなかでのバランス感覚を持って欲しいということです。

気持ちは分かりますよ。現場を見て「なんとかしなければならない」と思っても、日本に帰ってきたり都会に出てみたりすると、そのギャップにカリカリしてしまうんです。でも、それを押しつけてもいけないでしょう。徐々に広めていけば良いんです。「自分が」ではなく、もっと国民全体のアクションとして広げていくのが第一だと思います。

環境問題は、自然が相手ではなく人間社会が相手だと、いつも感じます。環境問題は結局、人間社会をどう変えていくか、その仕組みの問題なんですよ。

※ 『ぐりーん・もあ 40号(2008 初春)』(国土緑化推進機構 発行)から引用しました。