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地球環境問題において、温暖化とともに大きく注目されている生物多様性。
例えばコスタ・リカ1国の熱帯雨林のもつ生物多様性は、カリブ海全体の生物多様性をはるかに凌ぐと言われている。それだけ生物多様性における森林の役割は大きい。日本は、生物多様性ホットスポット(生物多様性が高いにも関わらず、緊急かつ戦略的に保全すべき破壊の危機に瀕している地域)のひとつに数えられており、日本の陸上の生物多様性のほとんどは森林にあると言っても過言ではない。
では、森林づくり運動を進めていく上で、生物多様性はどのように考えればいいのだろうか。今回の特集では、このことを考えてみたい。
contents- <特集1>:生物多様性における森林づくり運動の役割
- <特集2>:多様な森林づくりが生物多様性につながる
- <特集3>:生物多様性を意識した森林づくりの視点
生物多様性
における
森林づくり運動
の役割生物多様性にとって森林が主要なフィールドである以上、森林づくり運動に携わっている私たちは、それに無関心ではいられない。とはいえ、生物多様性は、地球温暖化対策のように目指すべきものが明確ではなく、どのように意識すればよいのか分かりにくいのも事実だ。
ここでは、そもそも生物多様性とはなんなのか、そして森林づくり運動が果たせる役割について考えてみる。
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「地球のいのち、つないでいこう」
環境省は2008年11月21日、「生物多様性」という言葉をより分かりやすく表現するコミュニケーションワードを「地球のいのち、つないでいこう」と決定、公表した。2010年は国連が定めた国際生物多様性年であり、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋市で開催されるが、このコミュニケーションワードは、2010年に向けて生物多様性を広く国民に認識・理解してもらうために活用されていくこととなる。
「地球上には3000万種とも言われるほど多様な生物がいて、それぞれに個性があります。そして、それらが暮らす環境ごとに、例えば食物連鎖のような形でお互いにつながり合い、支え合って生きているのです。もちろん人間も、そのつながりの一部です。また、それぞれの生物自身も代々遺伝子の形でつながってきており、常に環境の変化に適応しています。このように生物多様性には、種、生態系、遺伝子の3つのレベルでの多様性があるのですが、言葉として分かりにくいところもあるため、『地球のいのち、つないでいこう』という言葉で簡潔に表現してみました」と、環境省自然環境計画課企画官の築島明さんは言う。
では、なぜ私たちは「地球のいのち」をつないでいかなければならないのだろうか。
国連の呼びかけで2001年に発足した生態系に関する世界的プロジェクト「ミレニアム生態系評価」では、人間が享受している生物多様性の機能(生態系サービス)について、大きく次の4つに分類している。- サポート
水や土壌の形成など、人間を含む生物が存在するための環境を形成し、維持する。 - 緩和作用
集中豪雨や気温の急激な変化、病害虫の急激な発生などの影響を緩和し、安全性を確保する。 - 供給作用
食料や水、燃料、建材、医薬品等、暮らしの上で必要なさまざまな資源を供給する。 - 文化的効用
精神的、宗教的な価値を支え、文学や音楽等の文化的側面や、観光資源としての地域性を生み出す。
生態系サービスを森林の公益的機能に置き換えてみれば分かりやすいが、私たち人間は、常に生物多様性による恩恵を享受しながら暮らしているのである。その一方で人間は生物種の絶滅速度を、ここ数百年で約1000倍にも加速させ、そのつながりを崩してしまっている。だからこそ人間は、人間の手によって生物多様性を守っていく必要があるのである。
■生物の絶滅スピード( ミレニアム生態系評価)
- サポート
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生物多様性条約では森林が重要課題に
「例えばパンダが減少しているということには、多くの人が反応しますが、生物多様性を考えるときには、生物に対する可愛い、可哀想という感情だけでなく、それがどう生態系に関わっているのかということを意識してもらえたらと思います。目に見えないような微生物も生態系の一部ですし、それらがいなくなってしまうことによって大きな異変が起こる可能性もあるのです。だからといって、蚊の1匹も殺してはいけないということではありません。ある生物1匹がどうということではなく、その生物がいることによってつくり出されている生態系のバランスが問題なのです」と言うのは、国連環境計画生物多様性条約事務局を務め、現在は名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授の香坂玲さん。バランスが問題であるから、例えばシカなどよる農林業被害が問題になっているように、減少だけではなく、異常な増加も問題とされることになる。
生物多様性に関する活動の大本である「生物多様性条約」は「地球温暖化防止条約」と一体で、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)で採択され、翌1993年に発効した条約であり、2008年10月現在、日本を含む190カ国とECが締約国となっている。そして、生物多様性条約が定めた目的にむけた各国の活動の進捗状況や成果、課題などを話し合い、さらなる活動のための決議を採択する場として、締約国会議(COP)が2年ごとに開催されている。
生物多様性条約が第1条で定めている目的は、次の3つである。- 地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること
- 生物資源を持続可能であるように利用すること
- 遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること
「例えば陸上の生物多様性の8割が熱帯雨林にあると言われています。その事実は、生物多様性の保全も持続可能な利用も、利益の配分も、熱帯雨林が集中している発展途上国の意向抜きにはやっていけないということを意味しています。そういったことから国際的な枠組みが必要とされ、生物多様性条約が生まれたのです」と香坂さん。生物多様性条約が扱う領域として7つのテーマ領域(海洋・沿岸域、森林、内陸水、農業、乾燥地および半湿潤地、山岳、島嶼)と、それぞれに共通する横断的テーマ領域があるが、最も激しい議論がくり返されているのが森林領域であるという。
「生物多様性条約では、議論が深まってきた段階で作業計画を策定していくのですが、最も早く作業計画が生まれたのも森林です。作業計画とは、条約に参加している各国の政府や民間、市民団体などに、『森林に関わる分野でこういう活動をされてはいかがでしょうか』という政策アラカルトのリストのようなものですが、それがCOP4の段階ですでに出来上がっています。さらには、COP6で改定が行われて拡大作業計画となり、COP8ではその進捗状況や課題が議論されています。ここまで話し合いが進展している分野は、他にはありません」
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持続的に森林を管理し続けることの重要性
生物多様性条約では、締約国に対して2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させるように求めた「2010年目標」を掲げている。
「数値目標ではないので、それが達成できているかどうかの評価は難しいのですが、我が国の生物多様性の現状が2010年目標を達成しているとは言い難い、という認識を持っています」と築島さん。
さらに生物多様性条約では、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした「国家戦略」の策定を各国に求めている。日本では1995年に最初の国家戦略を策定し、2002年に第1回の改定、2007年には第2回の改定が行われ、「第三次生物多様性国家戦略」が閣議決定されている。その概要は図の通りである。行動計画をみると、いかに森林というフィールドが重要なのかがよく分かる。
「まずは、人間の働きかけによる生物多様性の減少や質の変化を認識しなければなりませんが、その中には人間と自然との関わりが希薄になってきたことも含まれています。このことをイメージしやすいのは里山林でしょう。かつて、人間が継続的に働きかけることによって特徴的な里山の自然をつくりだし、そこには特有の生態系が育まれていました。しかし、エネルギー革命等で里山の維持管理が行われなくなったことで里山林の質が変わり、里山特有の生物多様性も減少してしまったのです。これを国家戦略では第2の危機と位置づけ、人と自然との関わりを新たに構築していこうと訴えています。例えばバイオマス利用といったものを通じて、新たな自然資源の価値を創出することで、かつてのような働きかけを復活することができるかもしれません。また、そこに暮らしている人だけではなく、都市住民や企業など、多様な主体の参加を積極的に推進するということからも、人と自然の関係を再構築していきたいと考えています」と築島さん。
これは薪炭林のような雑木林管理だけに当てはまることではない。生態系の保全という観点では、人工林管理においても同じことが言える。
「一番大切なのは、いまある生態系を維持すること、生物多様性をこれ以上減らさないことです。生物多様性条約では地域文化も生態系を支えている一部という見方をしていますから、例えば林業が衰退して山村が維持できなくなってしまうことも、生物多様性に対して負の影響とされます。原生林は確かに生物多様性が多いのですが、一方で人手が入っていることで、生物多様性が維持されているケースもあるのです。だから、山村を維持し、持続的に森林を管理・利用していくことは、生物多様性に対する貢献になりうるのです」と香坂さんは言う。
■第三次生物多様性国家戦略の概略と森林づくり運動との関わり
第1部:戦略
<生物多様性の重要性>
<課題>
第2部:戦略
<国土空間的施策>
<横断的・基盤的施策>
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生物多様性に結びつく森林づくり活動
スギやヒノキといった針葉樹の人工林は、原生林や雑木林と比較すれば種の多様性は少ない場合もある。そしてまた、かつての拡大造林によって種の多様性や生態系の多様性を減少させてきたという側面もある。生物多様性という言葉と接したときに、特に人工林管理を行っている人の中には、引け目を感じてしまう人がいるかもしれない。しかし、繰り返しになるが、生物多様性条約では、種の多様性の保全とともに生物資源を持続的に利用することも目的とされているのである。
「現在、森林づくりを行っている人たちは、生物多様性という言葉が出てきたからといって、とりたてて新しく何かを始める必要はありません。生物多様性条約の森林の拡大作業計画は、自然環境に関わる活動をしていれば、なにか必ず当てはまるような包括的なものですから、自分たちの活動を見直してみれば、合致する要素が必ずあるはずです。それはつまり、生物多様性にも貢献する活動をしているということになるのですから」と香坂さん。
森林づくり活動を行っている人は、生物多様性という言葉は意識していなくても、「ミレニアム生態系評価」にあるような生態系サービス=森林の公益的機能を持続的に利用するということについては意識しているはずだ。そしてそれは、生物多様性条約の「森林の拡大作業計画」でいえば計画要素1・目標4の「森林の生物多様性の持続可能な利用の推進」に合致している。つまりその活動は、「生物多様性に貢献している」と大手を振ってもよいのである。
また、そのフィールドの生物多様性をプラスにしていなくても、それによって他のフィールドにプラス作用が生じることもある。漁民による森林づくりなどは、まさにそれを目指した森林づくりと言えるだろう。さらに言えば、国産材の需要を増やしていくことが、海外の違法伐採等をくいとめ、海外の生物多様性を保全することにもつながっていく。
「ですから、まずは現在行っている活動をしっかりと続けていただくことが第一。その上で、生物多様性ということも少し意識していただいて、そのための工夫を何か加えてもらえればベストですね」
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多様な主体の参画がSATOYAMAイニシアティブの説得力を高める
2010年に名古屋市で開催されるCOP10では、2010年目標の次の目標づくりなどの議題において、日本は議長国としてリーダーシップを発揮しながら、それらをとりまとめていくことになる。
「そのなかで環境省としては、日本と世界各地に存在する自然との共生の智慧や、自然資源の持続的な利用のシステムを把握して、それらを自然共生社会形成のために活用していこうとする”SATOYAMAイニシアティブ“を世界に向けて発信したいと考えています。森林や農地、水路や溜め池などの複合的な環境があり、人が自然とうまく折り合いをつけながら持続的に活用してきた里山のあり方を、生物多様性の保全と利用に置けるこれからの世界のモデルとして提案しようということです。ヨーロッパなどは、どちらかといえば線を引いてしっかりと保全するという考え方が主流なのですが、G8の環境大臣会合などでも一定の支持を得ていますので、受け入れてもらえるものと期待しています」と築島さん。
第三次生物多様性国家戦略では、4つの基本戦略のひとつに「生物多様性を社会に浸透させること」が掲げられている。環境省では、国民の認知を高め、多様な主体の参画を推進していくために、「生物多様性広報・参画推進委員会」を設置した。香坂さんも委員のひとりである。そこで、冒頭でも紹介したコミュニケーションワード「地球のいのちつないでいこう」を決定するとともに、著名人による「地球いきもの応援団」を設置した。この応援団には、イベント等での広報に協力してもらうとともに、メディア等で生物多様性に関するメッセージを発信してもらうこととしている。
「一般の方に生物多様性に関心を持ってもらうという面では、やはり自然を体験することが環境問題を考えるための第一歩ですから、森林づくり活動には期待しているところです。もちろん環境省も、従前より自然とふれあう機会や場を提供する施策を進めていますので、互いにうまく連携していくことができればと思います。また、COP 10に向けた市民活動のネットワークがつくられていくことになると思いますが、森林づくり活動をはじめ、様々な分野で緩やかな連携を取りながら、それぞれの取り組みを推進していただければと考えています」と築島さん。
また企業にも、参画主体として期待がかかるところである。
「企業の生物多様性に対する関心はいま、非常に高まってきています。企業の生物多様性への参画としては、まずは調達でしょう。森林関係で言えばFSCなどの認証制度を活用していくことが考えられます。また、企業による森林づくりが盛んになってきていますが、CSRの一環として企業が森林を考えていくということは、生物多様性の観点からみても大事だと思います。カーボンオフセットのような感じで、生態系オフセット的なものが考えられるかもしれませんね」と香坂さん。
2010年に向けて、SATOYAMAイニシアティブをより説得力のある提案としていくためには、森林づくり運動においてもさらに多くの主体が参画し、広がっていくことが必要なのである。
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多様な
森林づくりが
生物多様性に
つながる農林水産省は中央の行政機関として唯一「農林水産省生物多様性戦略」を策定しており、その内容は「第三次生物多様性国家戦略」にも全て反映されている。
そのため、農林水産省の森林の生物多様性に対する考え方は国家戦略にある通りなのだが、ここではあらためて、林野庁と森林総合研究所に、森林と生物多様性に対する考え方を聞いてみる。
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喫緊の間伐推進と将来へ向けての多様な姿の森林づくり
まずは、林野庁として日本の森林における生物多様性の状況をどう捉えているのかを聞いてみた。
「残念ながら、生物多様性という観点から見ても、不健全な状態にある森林はいろいろ見られます。例えば、人工林のうち必要な間伐が実施されずに放置され、林内の下層植生が衰退して表土が露出してしまっているような森林は、生物多様性という面からみてもいいはずがありません。また、人手が入らないことの弊害として、荒廃竹林の問題もあります。管理されていない竹林は、竹がどんどん周囲の森林を被圧してしまい、やはり植生が衰退してしまいます。さらには、近年、様々な要因によってシカが増えたことで、下層植生が食害され消失したり、樹木の皮が剥がされるなどの被害も全国的に広がっています」と、林野庁森林整備部計画課首席森林計画官の池田直弥さん。
いま、森林が直面している大きな課題として、地球温暖化対策としての森林吸収源目標の確保があり、そのために330万haの間伐実施を目指している。間伐が進んで森林が健全な状態を取り戻すことは、たとえ目的が地球温暖化対策であったとしても、生態系サービスの持続的利用とともに、種の多様性の保全という観点でもプラスに働くはずだ。
「林野庁としては、人間が手をかけてきた森林は人間の責任で健康な状態を維持するということが一番重要だと考えています。その上で『100年先を見通した森林づくり』として、長伐期化、複層林や混交林への誘導といった施業を進め、日本の森林を多様化していこうという、長期的な目標があります。生物多様性には非常に多くの要素が関わっているのですが、森林から考えれば、様々なタイプや生育ステージの森林をつくりだすことが大切なのではないかと考えています」
こうした、森林における生物多様性保全の一層の推進を図ることを目的として林野庁では、「森林における生物多様性保全の推進方策検討会」を新たに設置し、去る12月3日に第1回検討会を行っている。
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森林を維持している人が日本の生態系を守っている
「生物多様性とひと言でいっても、国や流域などの広いエリアでの生物多様性と、その林分の中での生物多様性とは、別に考えたほうがよいでしょう」と言うのは、(独)森林総合研究所研究コーディネーター(生物多様性担当)の大河内勇さん。
実際問題として、いくら人工林を管理して生物種が増えたとしても、広葉樹林の生物多様性には敵わない場合もある。流域や国全体といった広いエリアで生物多様性を考えた場合、種の多様性のための人工林管理を行うという観点も重要だが、人工林では生物資源を持続的に利用できるように管理を行い、それと併せて広葉樹林を効果的に配置することを考えるという観点も重要だ。そういう意味では、広域的な意味で「100年先を見通した森林づくり」を進めていくことは、極めて重要である。
もちろん、人工林の管理を行い、そのフィールドの生物多様性を少しでも豊かにすることに意味がないのかと言えば、そうではない。種の多様性をマイナスにしない、ということがひとつ。さらには、その森林が魅力的なフィールドとなることで、より多くの人がその森林に訪れ、そのことをきっかけに生物多様性にも関心を持ってもらえるようになることも、生物多様性にとって大きな意義となるという。つまり、環境教育の場としての活用である。
「もうひとつ大事なのは、たとえ人工林であっても、森林以外の植生に比べれば、はるかに生物多様性は高いし、その保全機能も備えているということです。森林を維持している人が日本の生態系を守っていると言っても過言ではありません。ですから林業従事者の方や森林づくり活動を行っている方は、自信を持って、しっかりと森林づくりを進めていただきたいと思います」
下草刈りによってつくりだされる草原的環境は、
生物多様性にとって非常に重要でユニークな
存在となる
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貴重な草原的環境をつくりだす植林+下草刈り
人工林管理の中で、いま最も必要とされているのは間伐である。では、間伐をすることは、どれだけ生物多様性に貢献するのだろうか。
「スギ林では、間伐をすることで多様性が短期的に上がるというデータはありますが、長期的に上がるかどうかの実証はまだされていません。また、短期的に上がると言っても、それは長続きしません。間伐をして一時的に光が林床に差し込むようになっても、いずれ樹冠は閉鎖してしまいますから。ただ、林内環境が変化することによって、長期的に見ても徐々に上がっていくかもしれない、という予測はしています」と言うのは、(独)森林総合研究所森林昆虫研究領域チーム長の岡部貴美子さん。
図は、間伐をした森林としない森林で、飛翔昆虫と土壌生物の種数を比較したものだ。地上部では空間が開けたことや下層植生が豊かになったことなどで一時的に増加しているが、地下部ではむしろ減少している。間伐をすることを嫌がる生物もいるということであり、単純な問題ではないのが難しいところだ。
「日本の生物多様性で特にダメージを負っているものに、実は草原性の生物たちがいます。■節足動物の多様性に対する間伐の効果
※この図は、茨城県常陸太田市のスギ人工林で、ほぼ同じ林齢の間伐林5林分、無間伐林(過去5年以上にわたって間伐していない)5林分で、それぞれ林内にトラップを設置し、飛翔昆虫および、土壌動物の種数を調べ比較したもの。(森林総合研究所資料)ですから生物多様性への貢献として積極的に行ってもらいたいのは、むしろ、ある程度の広さの伐採と、下草刈りなのです。もちろん、あまりにも大規模な伐採は、人間にとって不都合なことが多すぎますが、伐採後に下草刈りをすることで数年維持される草原的環境は、その地域の生物多様性にとって極めて重要でユニークな存在となりうるのです」
伐採・植林をして下草刈りを行うということは、当然ながら生物資源を持続的に利用するという観点で価値があるし、さらに草原的環境の創出という点で、生物多様性に貢献する、ということでもあるのだ。
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森林における種の多様性の指標種づくりに着手
「林野庁では2008年度より、生物多様性を客観的に評価できるようにするための指標づくりに取り組んでいいます。地域性やその森林のタイプ毎に指標種を選定し、その生物がいるかいないかによって、その森林の生物多様性を判定できるようにしようということです。とりあえずは2010年のCOP 10で、そのことを世界に発信するために暫定的なものをまとめ、その後3年かけて精査していくことで、より的確な指標にしたいと考えています」と池田さん。
生物多様性には、地球温暖化対策における森林吸収量(1300万炭素t)のような明確な目標がないために、どこかとっかかりにくさがあった。それぞれの地域の森林の指標種が明らかになれば、より種の多様性を意識した森づくり活動が行えるようになるかもしれない。
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生物多様性を
意識した
森林づくりの視点特集1・2では、「適切な森林づくり活動は、そのまま生物多様性にもつながる」と繰り返し紹介してきた。それはその通りなのだが、もちろん種の多様性を意識しての活動展開も、今後は大いに期待したいところである。そのことは、新たな参加者獲得にもつながるはずだ。
ここでは、生物多様性を意識した市民による森林づくり活動として、2つの事例を紹介する。
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生き物の視点から見た森林づくり
平成20年度の「緑の募金事業・創造的公募事業」のひとつに、「生物多様性を育む計画的な市民参加型里山林整備モデル構築」がある。この事業を推進する「里地ネットワーク」は、持続可能な社会システムの構築を目指した産・官・学・生活者共同のネットワーク組織であり、これまでに全国各地で環境と農業、文化と生物多様性の保全を核とした人づくり、ものづくり、地域づくりを進めている。 「私たちは、生物多様性から生態系サービスという恵みを得ることで暮らしています。そしてこれまでは、森林や樹木からのサービスを最大のものとするために、人工林や広葉樹林を管理してきたわけですが、そのことによる弊害も様々に生じています。それならば、森林の管理を生き物からの視点に転換したらどうなるのか、そこから山村での暮らしが成立するまでのビジョンが描けないものか、ということで始めたのが、この生物多様性を育む計画的な市民参加型里山林整備モデル構築事業です」と言うのは、里地ネットワーク事務局長の竹田純一さん。
アベサンショウウオ
事業地は新潟県の佐渡と福井県の武生市。それぞれトキとアベサンショウウオという絶滅が危惧されている生物に着眼し、それらが暮らしやすい環境をつくるという観点からの森林づくりを進めている。
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生き物のことを考えると、かつての人の暮らしも見えてくる
かつての里山の環境は、薪炭利用やほだ木生産といった、当時の人たちの営みの結果できたものだ。それは生き物のことを考えて行われていたわけではないが、結果として、その環境に適応していった生き物たちによって、里山の生態系が育まれていったのである。この事業は、その関係を逆に辿ってみようという試みでもある。
「例えば、ハンミョウなどの越冬昆虫が減少しているとしたら、それは越冬地がなくなっているのかもしれません。日当たりのよい崖地などが格好の越冬地なのですが、そのような崖地の多くは、かつて育苗用の土を取るために人が山を削ることでできていました。最近は育苗用の土を購入するようになったために、そのような崖地がなくなっており、そのために、そこで越冬していた昆虫も減ってしまっているのです。このように、ある生き物の視点を借りることで、かつての作業が里山の生態系に及ぼしていた意味が見えやすくなることもあるのです」と竹田さん。
「かつての循環的な暮らしを取り戻すことで、生物多様性も復活させていこう」という掛け声で、里山の森林づくりを始めたとしよう。もちろん、かつての農作業、森林作業をすべて復活させることができるなら、その結果として生物多様性もかつての賑わいを取り戻すことは間違いない。しかし、それだと作業と生物種の関係性は分かりにくくなるし、そもそも、かつての作業を全て復活させるというのは無理がある。逆に、「この種を復活させていこう」ということから活動をスタートすると、結果として、かつて行われていた営みにたどり着き、里地での暮らしと生物との関係性がより理解しやすくなる。さらに、その活動によって、着目した種以外のものも増えていく可能性は高い。
最終的に目指す地点は同じであり、どちらの視点が良い、悪いということではない。これは、森林づくり活動を展開していくにあたっての、ひとつの新たな提案である。森林づくりと聞いただけでは参加を躊躇していたような人も、「この生き物を指標とする生態系を守るための作業」ということならば参加してくれるかもしれない。同じ作業をするのでも、そのための視点を変えることが参加者の間口を広げることにもつながっていくはずだ。
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トキとの共生のための森林づくり
2008年9月25日、佐渡では10羽のトキが試験放鳥された。「生物多様性を育む計画的な市民参加型里山林整備モデル構築事業」は今年度から始まった事業だが、里地ネットワークは2000年度から、佐渡のトキの野生復帰プロジェクトに携わっており、2002年度には、トキとの共生を目指す地域社会づくりのために、国や県、関係団体、地域住民等が取り組むべき形を示したビジョンを策定している。
トキの放鳥式典「野生復帰ですから、餌付けのような形にはしたくありません。そのためにまず必要なのはエサ場ですから、これまではエサとなる生き物が暮らせるように、放棄された棚田の復活やビオトープづくりなどを、地元の方たちと共に行ってきました。現在はエサ場として100ha程度のビオトープや冬水田が確保できたので、果たしてこの程度で足りるのかどうかは、トキたちに試してもらうしかありません。
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エサ場づくりの考え方が浸透し、自立的に行われる基盤が整ったので、これからはトキが暮らしていくためのトータルな環境整備として、森林の手入れを行っていこうとしているのです」と竹田さん。
現在は、水田などの水辺との境界にある森林に棲む、トキのエサとなる両生類に着目し、両生類とそのエサとなる地表の小さな生き物たちを増やしていくためにはどのような管理がよいのかを試しているところだという。水辺に森林が迫っているような状況で鬱蒼としていると、地表の生き物たちはそれほど多くはならないのだが、ある程度の森林がないと、それらの隠れ場所がなくなってしまう。また、トキにとって森林が迫っている水場は、天敵に襲われる可能性が高くエサ場として利用しにくい。一方で、ある程度の木が水辺にかかっていると、そこに葉が落ちることで水中の生物相が豊かになるという面もある。
「水辺の森をただ伐り開くだけでは、トキの安全にとってはよいかもしれないけれど、水中の生き物は増えていきません。ですから、一部を残して切り開くなど様々な管理をしながら、それが生き物たちにどのような影響を与えるのかを、地元の皆さんと一緒に調査しているところです。また、それとは別に、トキが営巣しやすくするための森林管理なども進めています」
将来的なビジョンとしては、住民が農作業や森林作業をしながら、トキがストレスなく生存していくことのできる環境をつくり、住民がそのことに誇りを持つこと。さらには住民たちが、トキを見に訪れる人たちをガイドして、トキと共生する暮らしを体験させるような仕組みをつくることで活力を取り戻していくことであるという。
放置され鬱蒼とした雑木林(上)と、最小限の手入れをした雑木林(下)。水辺との境界を少し手入れするだけで、そこの生物相はぐっと豊かになる
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市民団体としてFSC認証を取得
自然を保護していくことは、生物多様性にとって大きな意義がある。しかし、そのために生産活動が損なわれていくのであれば、それは片手落ちである。特集1で紹介したように、生物多様性の機能のひとつには、人間の暮らしの上で必要な資源を供給する作用があげられている。様々な生き物の暮らしを守り、さらには人間の生産活動も損なわないという両方を達成することが重要であり、そのためのキーワードが、持続可能な社会づくりということになる。
FSC(Forest StewardshipCouncil、森林管理協議会)は、適切な環境保全、かつ経済的にも継続可能な森林管理を推進することを目的に、国際的な森林認証制度を行なう第三者機関である。FSC認証を市民団体として日本で始めて受けたのが、NPO法人緑のダム北相模である。
「私はもともと山歩きが大好きで、首都圏近郊の山をあちこち歩いていたのですが、ある日、相模湖周辺の山を歩いているときに、妙に静かなことに気がついたんです。まったく生き物の気配が感じられないんですね。
FSC取得に向けた生態系調査の様子その後、新聞で放置林化が進む日本の森林の現状を知り、いろいろと調べていった中で、解決策としてはとにかく人が森林づくりに参加しなければならないと聞きました。じゃあやってみようか、と仲間を集めて森林づくりを始めたのが1998年のことです」と言うのは、緑のダム北相模事務局長の石村黄仁さん。
活動開始当初は、地元住民からの誹謗中傷などもあり活動フィールドを何度も替えなければならないような状態が続いたが、その熱意と真摯な態度によって地元住民にも徐々に認められるようになり、2000年には若柳・嵐山にある60haのフィールドに定着しての活動が行えるようになった。その頃に、FSC認証の取得にチャレンジすることを決意したそうだ。2002年にはNPO法人となり、FSC認証取得チームを編成して取得計画を遂行し、2005年に市民団体としては日本で始めてFSCを取得することとなった。
「FSCの審査は、10の原則と56の基準に基づいて行われるのですが、そのことを知って気がついたのは、必要なのは環境と経済が矛盾しない持続的な社会づくりをしようという精神だということでした。そうしないと人類は、地球上に生きていくことはできないということなんです。そして、2000年にFSC認証を取得した三重県の速水林業と高知県の檮原町森林組合に見学に行き、皆さんの熱意に触れたことで、私たちも熱意さえあればFSCは取れると思ってしまったわけです(笑)。当時はずいぶんバカにされたものですが、やる気さえあれば、できてしまうものなんですよ」
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エコ(ロジー)とエコ(ノミー)は矛盾しない
緑のダム北相模の活動は、「森林破壊という負の遺産を子孫に残してはならない」という理念とともに、「森をつくる」「森を活かす」「森と都市をつなぐ」を3つの原則に基づいて行われている。フィールドが増え、活動内容が多彩になっている現在でも、全ての活動はこの理念と原則に基づいて行われている。
「森をつくる」活動では、FSCの原則に従った森林整備と生態系調査が行われている。生態系調査は、まずはFSC取得に向けて、2002年から3年計画で実施されており、1年目は主要な生物種の把握と指標種の抽出等、2年目は貴重種の生息状況の把握と保全対策の検討等、3年目には生業による生態系への影響評価と保全ガイドラインの策定が行われた。
簡易な生態系調査法を用いた環境教育によって、子供たちも環境調査の一員にFSC取得後もスギ林、ヒノキ林、アラカシ林(照葉樹林)、コナラ林(落葉広葉樹林)に調査定点を設定し、植生調査、毎木調査、動物相調査等によって継続的にモニタリングが行われている。これらの調査は専門家をリーダーとして、ボランティアの手で行われているが、一方では生態系調査に関心のある人が広く参加できるように簡易な調査法も開発しており、環境教育と調査の両立も図っている。
「森を活かす」活動では、間伐材等の木材だけではなく、養蜂や炭づくり等、様々な形での新しい森林資源の活用に取り組み、結果として森林づくりに還元される仕組みづくりを進めている。
「森と都市をつなぐ」活動では、業等、また上下流をつないだ協働団体との連携によって各種のイベントを開催し、多くの市民に森林づくりの大切さをPRし、さらなる参加を呼びかけている。
「環境と経済、つまりエコ(ロジー)とエコ(ノミー)は矛盾することはありません。それどころか、これからは環境こそが、経済の中心になっていくでしょう。木が売れないことが問題になっていますが、森林は公益性と多様性を備えているのですから、生物多様性に配慮しながら収益を上げていく方法は、本気で考えればいくらでも見つかるはずです。例えば私たちはFSC材で積み木をつくっているのですが、これが結構売れています。FSCという付加価値、NPOがつくっているという付加価値、そして箱根細工の職人さんの手によって加工された確かな品質によって、1?当たり1万円ちょっとのスギやヒノキが、80万円にまでなるのです。そしてその利益は、再び森林の整備に活用されていくわけです」
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様々な人が森林づくりに参加してこその生物多様性
「私は学者ではありませんから、生態学的に生物多様性を語ることはできませんが、きっとそこには哲学が含まれているのだと思います。全ての生物は、関わり合い、調和しながら暮らしていて、必要のないものなどひとつもないわけですが、それは生きていくことの本質なのかもしれません。私たちはそういう森林づくりを理想としていますし、哲学さえ共有していれば、人と人とのつながり、森林と都市とのつながりなど、全てのものを結びつけていくことができるのではないでしょうか」と石村さんは言う。
緑のダム北相模は、市民(地域住民や都市住民等)、学際(大学等)、企業、行政など、すべての人々と協働していくことも理想のひとつとして掲げている。そして、それらの人々の多様な価値観を活かしながらも、一体感をもって活動していくためには、やはり哲学がぶれないことが大切だという。
里地ネットワークの活動もそうだが、より多様な人たちがそれぞれの価値観を持って森林づくりに参加してこそ、生物多様性も含めた多面的機能を発揮できる森林の姿に近づいていく。逆に言えば、森林の持つ生物多様性には、森林づくりに参加する様々な立場の人たちも含まれているのである。
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