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未来の森林は子供たちが担う、ということは明白だ。
そして森林には、子供たちの良さを引き出す力があるはずである。“子供の心が荒れている”と言われている今、そして環境教育への関心が高まっている今、森と子供たちとの間に、どのような関係性が必要とされているのだろうか。
contents- <特集1>:森が子供に及ぼす効果とは
- <特集2>:ポスター原画から見た子供と森
- <特集3>:学校内に森をつくるということ
- <特集4>:広がる、市民参加の学校林整備活動
森が
子供に及ぼす
効果とは森に行くこと、森づくりを体験することで、子供たちはどう変わるのだろうか。
ここでは、都心の小学校でありながら、毎年6年生を長野県の飯田市に連れて行き、田舎生活と森林での体験学習を行っている東京都渋谷区立中幡小学校校長の杉原五雄さんと、毎年冒険キャンプを実践し、野外教育の効果を探求している筑波大学体育科学系教授の飯田稔さんにお話しをうかがった。
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実体験が足りない子供たち
学級崩壊。多発する少年犯罪。ここ数年、これらの言葉が頻繁にかわされるようになっている。それらの背景には、いったい何があるのか。「今の子供たちには、ほとんど実体験というものがないんですよ。かつて地域には、それこそ餅つき大会があったりして、地域の子供と大人が一緒になって何かを行う機会がありましたけれど、今はほとんどありません。それに親も、それこそ茶碗を洗わせることすら子供にやらせない人が多いようです。大人や家族も含めた地域社会の質がずいぶん変わってしまったんです。結局、お金で誰かに任せてしまうというシステムが、日本の社会に定着してきたんですね。そのような問題がどんどん複雑になって、学級崩壊なんて言葉が出るような社会になったのでしょう」と杉原さんはいう。
何でもやってもらえる今の子供たちは、どうしても自分勝手になってしまい、また、与えられたことしかできなくなってしまった子供たちは、自分で物事を考えなくなってしまう。そして確固たる自分への自信がないから徒党を組むが、自分をさらけ出すこともなく、実際は孤独なのだとも言われる。子供たちが荒れていると言われる背景には様々な要因があるだろうが、「実体験がない」ということが、その大きな要因のひとつであることは間違いない。
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極限での体験が生む自主性と自信
「体験学習の効果は、我が校の子供を見てもらえれば分かりますよ。よく6年生が荒れると言われますけれど、我が校ではそんなことは一切ありません」と杉原先生は言う。では何が子供たちを変えたのか。
中幡小学校が自然体験学習を行っている「大平宿」は、30年前(2003年当時)に集団離村した集落を飯田市が買い取り、自然体験施設として活用しているものであり、江戸時代後期から明治初期に建てられた民家が連なっている。中幡小学校では毎年10月、6年生がこの大平宿で囲炉裏や竈をつかって食事をつくり、自分たちが育てたドングリの苗を植えて、「なかはたの森」をつくり出している。
左:薪割り体験 右:自分たちで火をおこし調理する子供たち(中幡小学校)
「何もないところですから、都会の子供たちにとっては極限状態ですよ。そういう場所で生活体験を行いますと、子供たちはまずケンカをしないで助け合うようになります。そうしないとご飯が食べられないですから。それに不思議なことに、薪割りや飯炊きといった仕事そのものが楽しみになるんです。自分で自分がやるべきことを見つけられるようになるんですね。助け合わなければ生きていけない、というサバイバルな状況まで追い込まれることが、子供の自主性につながるのではないでしょうか。大平宿での生活を経験して自信のついた子供たちは、例え勉強が多少遅れようが、ビクともしないようになりますね」
今の子供たちに足りないと言われる自主性や自信は、学校で勉強して得られるものではない。本来は地域社会の生活のなかで育まれたものであったはずだ。それを補完しているのが、野外での生活体験なのである。
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本当の人間関係を生み出す野外体験
何でも自分でやらなければならないという状態は、逆に言えば、何から何まで管理されることのない「自由さ」であるとも言える。飯田さんが冒険キャンプを運営していく上で重視しているのは、この自由さである。
「自由というのは、ただ単に時間がどうこうではなく、心の解放という意味での自由です。キャンプですから、楽しいことばかりではありません。苦しい体験だってあります。でもそれは自由さを感じてもらうためのプログラムであって、それを乗り越えることによって自由の大切さが分かってくるんです」
そして野外体験では、参加した子供が自分に対する見方をポジティブな方向へ持っていけるような経験をさせる、つまり成功体験をさせることが重要だと言う。そのことがあった上で、他人とのコミュニケーションを学び、さらには自然の意義や重要性を認知できるようになるのである。
「冒険キャンプでは、自分がやって欲しいことを人にやってもらわないと、生活できないんですね。ですから私はよく『自然の中では誰もが平等なんだから、格好をつけるな』と言ってます。大人も子供も平等なんだという気持ちが広がると、人間関係がものすごく楽になり、お互いに良いところを認めあえるようになるんです」
日常生活では、ある程度人間関係は決まってしまう。例えば学校生活では、「こいつは頭がいい」「こいつは運動が得意」といった評価に基づいての人間関係ができてしまう。しかし、未知の生活の場に入ると、その関係性はリセットされる。そして、日常生活では見出せなかった自分自身の価値を知り、仲間の姿を知り、本当の人間関係がつくられるようになるのだ。
「冒険キャンプはリピーターが多いんです。それでも、人間関係が決まってしまうことはありません。自然の中での活動ですから、毎年状況が変わり、体験も変わるんです。例えば2003年の夏は雨が多くて寒かったので、火を管理することがものすごく大事になりました。前年リーダーシップを取ったから今年も、と思って来る子もいますけれど、必ず失敗しますね。でも、それも大切な経験です」
沢登りをする子供たち
子供たちは自分から冷たい水の中へ入っていく
(すべて冒険キャンプ)
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故郷としての森とストーリー性
自然の中での生活体験が子供にとって大きな意味を持つことは間違いない。しかし、それだけならば必ずしも森である必要もない。子供たちに自然体験をさせるうえで、森が持つアドバンテージとは何だろうか。
「それはやはり連続性です。中幡小学校では都心の学校にしては珍しく畑をつくっていて、1年生の時からそれに関わらせていますけれど、作物はどうしても1年で終わってしまいます。でも森は、10~20年たてば大きな木に育つんです。子供たちが植えたドングリの木が、そのころにはまたドングリを落とす。その面白みに興味を持ってくれたら、次の世代の子供にもつながるじゃないですか。連続性というのは、木が長い期間をかけて育つということだけでなく、森に対する想いが連続する、ということでもあります。ですから私は、子供たちが、自分たちが植えた森を第二の故郷のように考えてもらえればいいなと思っているのです」と杉原さん。
想いの連続性という言葉は、ストーリー性とも言い換えられる。子供にとって必要なのは、ただの森ではなく、ストーリーのある森なのだ。
「本当は、森に1回だけ行ったところで子供は変わらないでしょう。でも、トトロの森に1回行ったら、子供たちは何か変わるはずです。トトロというストーリーとの連続性が子供の中に生まれますから。中幡小学校の活動にも、先輩がつくった森をさらに増やして自分たちの森をつくるんだというストーリーがあります。そのストーリーをつくってあげることが、大人の仕事なのだと思います。ストーリー性がない森には、子供を変える力はないかも知れません」
杉原さんの話の中にでてきた故郷という言葉は、いみじくも飯田先生の話の中にも出てきた。
「両親ともに都会育ちの子供は、故郷に帰るという経験がないでしょう。毎年私たちの冒険キャンプに参加してくる子供にとって、冒険キャンプは故郷に帰るのと同じになっているんです。そこには自然があり、普段とは違う生活があるわけです。そういう場所が、今の子供たちには大切なんです。ですから、2000m級の山の森ではなく、生活に密着した自然である里山の森が、子供の教育にとっては理想的なんです」
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大人の明確なビジョンが不可欠
「最近すごく気になるのは、□□教育と銘打てば、なんでもひとつのジャンルが成り立つという風潮になっているのかな、と。簡単に森林教育と言いますけれど、ただ木を植えさせればそれが森林教育だ、とはならないと思います」と杉原さんはいう。
「子供たちに森林作業をやらせるにしても、2~3本植えさせて、あとはボーッと待っているようなものでは、なんにもなりません。同じやるならば、やっぱり汗水垂らして徹底的にやらせないと。最初は強制的だったとしても、子供たちは苦労をすることで満足感を得られますし、そのことを乗り越えることによって、森の大切さが本当に分かるのですから」と飯田さんも言う。
私たちは、それが実際なんであるのかは具体的に分からなくても、森には教育的効果が確かにあると感じているし、子供の持つ「センス・オブ・ワンダー」も信じている。しかし、ただ子供を森に連れて行き、森や子供の潜在的な力だけに委ねていたのでは、結局は何も変わらないのだろう。森の教育効果を最大限に発揮させるには、そこに連れて行く大人の目的意識が必要なのだ。飯田先生とともに活動をしている女子大学院生に、子供がどう変わったら冒険キャンプが成功したと思うかを聞いてみた。
「子供たちの変化は、現場にいれば良く分かるんですけれど、それを言葉で伝えるのは難しいですね。でも、強いて言えば”いい顔になる“ということでしょう。それって、目が変わっているんだと思うんです。ちゃんとものを見ている目になるんですよ」
私たちが子供たちに望んでいる姿は、目をキラキラさせた、生き生きとした活発な姿ではないだろうか。そのために、森という格好の教育場所はある。あと必要なのは、大人の明確なビジョンなのだ。
間伐材を運び出す子供たち(中幡小学校)
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ポスター原画
から見た子供と森国土緑化推進機構では、小学・中学・高校生の手による国土緑化運動・育樹運動ポスター原画の募集を、昭和25年から続けている。「ぐりーん・もあ」の表紙も、応募された原画を使用している。ここでは、平成3年用のポスター原画から審査をお願いしている宮下安弘氏(東京藝術大学名誉教授)(2003年当時)が、これまで見てこられた数々のポスター原画について、また子供が森林の絵を描くことの意義についてお話しをうかがった。
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ポスター原画として必要なのは明解性
ポスター原画のテーマは「国土緑化の意味、特に植樹及び森林・樹木保護の大切さを表すもの」。平成15年用のポスター原画募集では、全国から5万7000点余の作品が寄せられた。各都道府県から推薦を受けた418点が最終審査に進み、その中から44点が入賞、そのうち2点がそれぞれ国土緑化運動ポスター、育樹運動ポスターとして全国に配布されている。
「ポスターですから、絵の中にメッセージがいかに表現されているかが大切です。ですから審査の時には表現技術もさることながら、ポスター原画としてのコミュニケーションの強さや、テーマに対する発想に魅力のあるものを選ぶようになります。ポスターですから、いかに明解にテーマが伝わるか、ということですね。小学生の絵はすごく力強くて、その上説得力があります。ところが中学、高校生になると、どこか理屈っぽく、説明っぽくなってしまい、逆にメッセージが中途半端になる傾向があるようです」
応募された原画を見ると、学年が低いほど、植樹や枝打ちなどの作業、もしくは動物や花といった自然の中の好きなものを素直に描いているものが多い。高学年になればなるほど、森林や環境問題に対する知識が広がり、それが概念的になることによって、絵は魅力のない複雑化もしくは概念による抽象化がなされていく傾向があるという。
「知っていることと興味があるというのは違いますから。好奇心を持っていないと、新鮮な発想は生まれません。まずは森や緑化に興味を持ってもらうこと、そしてその子の持っている興味対象が森や地域の環境、ひいては地球環境にどう関わっているのか、そして、それをどう訴えれば明解に伝わるのかを順に考えていけば、すばらしいポスター原画になると思います。その作業によって、緑化に対する意識もさらにあがっていくでしょう」
「子供たちの表情や服装が細かく観察されていて、印象に残っている絵です。緑の少年団のユニフォームなのだそうですが、活動を一生懸命やっていること、それが楽しいことが明解に表現されています」
永元美帆さん 長崎県郷ノ浦町立三島小学校原島分校3年(当時) 平成12年用国土緑化運動・育樹運動ポスター原画コンクール文部大臣賞・国土緑化推進機構会長賞受賞
最近は、養護学校からの応募も増えてきている。「この絵には、すごく感動しました。こういう感覚は、普通に森林や環境問題の説明を受けて描いた絵とは全く違いますよね」
高岡慧さん 兵庫県神戸市立青陽東養護学校高等部3年(当時) 平成15年用国土緑化運動・育樹運動ポスター原画コンクール林野庁長官賞受賞
「中学3年生ですからいろんな情報がインプットされているのでしょうが、森を色の分割だけで表現しながら動物を配することで、森の豊かさをシンボリックに表現しています。理屈抜きに見せるというポスター原画として大変優秀で、印象に残っています」
森田明日香さん 三重県鈴鹿市立鈴峰中学校3年(当時) 平成12年用国土緑化運動・育樹運動ポスター原画コンクール農林水産大臣賞・国土緑化推進機構会長賞受賞
「これは、小学生としては複雑な内容に対するメッセージが明解で、感心しました。よく地球はモチーフに選ばれますけれど、こういう描き方はあまりないし、扱い方が上手です」
駒本展広さん 福井県芦原町立芦原小学校6年(当時) 平成14年用国土緑化運動・育樹運動ポスター原画コンクール農林水産大臣賞・国土緑化推進機構会長賞受賞
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森を知ることと絵を描くことは似ている
「森を知ってもらうためには、森を外から見るだけではなく中に入ることも必要ですし、森が海や川といった自然の全てにつながっているということを実感することも必要でしょう。それは絵を描くことに似ていると思います。全体を描くためには部分を見つめることが必要ですし、逆に部分だけでも絵は成り立たないのです」
森を描くには、広く眺めることと、細かく見つめること、つまり観察することが必要だ。それは森を知るということにもつながる。また描くことは、そのものを記憶にとどめるための最も優れた方法でもある。近年、様々な手法による森林教育が盛んになっているが、”観察して描く“という手法は、もっと採り入れられてよいのかも知れない。
「その子が何に興味を持っているかは、絵を見れば分かると思います。指導者の方たちは、描かれた絵を読み解いて、その感性を大事に育ててあげるようにして欲しいですね。また、同じ森を描くにしても、角度を変えてみる、季節を変えてみるというようにしてみるといいと思います。そのたびに発見できるものが違い、森に対する興味や関心が広がっていくはずです」
森を描くことによって醸成された森に対する意識は、知らず知らずに子供たちの心に深く浸透していく。そしてそのことは”国民参加の森林づくり“活動にとって、大きな力となるはずだ。
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学校内に森を
つくるということ学校の敷地内に森をつくりだす「学校の森」運動は、その教育効果が評判を呼び、海外にまで広がっている。学校の中に森をつくることが、そして子供たちが常に森に接するということにはどういう意義があるのか。この運動の生みの親である山之内義一郎さん(日本ホリスティック教育協会相談役)(2003年当時)に、うかがった。
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学校の風景を変える=教育を変える
新潟県長岡市の住宅地に囲まれた小学校、長岡市立川崎小学校には、「川崎の森」と名付けられた約6002mの森がある。山之内さんが校長を務めていた1988年に完成した「学校の森」第一号だ。子供たちや教師、地域住民が一緒になって土をつくり苗木を植えたこの森は、15年経った今(2003年当時)、地域のなかで揺るぎない存在感を示している。 「校舎と運動場と体育館があって、というのが一般的な学校のイメージですが、そこに森が入ると、学校の風景が全く変わるんです。子供にとって学校が単に伝達される場ではなく、自己発見の場になるんですね。もちろん先生にとっても、親や地域住民にとっても同じです。つまり学校に森があることによって、子供たちは自然とのつながりを深め、それを活かすことができ、学校が生き生きするようになるんです」と山之内さんは言う。
山之内義一郎さん
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自然こそが教育の原点
山之内さんは1974年、山古志村の虫亀小学校に校長として赴任した。「ただ教科書を教えるだけの教育でよいのか」というジレンマを常に持っていた山之内さんは、ある日峠道から村の棚田を見て、自然こそが教育の原点であることを悟ったと言う。
「村の自然によって培われている産業や文化を活かして総合的な能力を発達させることが、村にとって不可欠な教育なんです。学校はすべからくそういう教育を行うべきなのに、今は各教科ごとにバラバラのことをしているじゃないか、と。豊かな自然を持つ村の暮らしから離れて全国標準の教育を求めるあまり、かえって学ぶ意欲が損なわれ、心も村から離れてしまっていたのです」
そこで山之内さんは、実験水田や地域の名産である錦鯉の飼育といった地域の”いのち“に結びついた活動を子供たちが体験し、それを様々な教科の内容に結びつけていく「総合活動」を1975年から始めた。2002年に設けられた「総合的な学習の時間」の考え方を、約30年も先取りしていたことになる。この活動によって、子供たちの学ぶ意欲は格段に向上したという。
その後、2つの小学校で校長を勤め、総合活動を実践した後に赴任したのが、市街地の中にある川崎小学校であった。
「虫亀小学校では、総合活動によって学校の囲みが溶けて村中に広がりました。地域の自然が教室となり住民も積極的に教育参加してくれましたし、そのことで子供たちも非常に生き生きとしたわけです。ところが川崎に赴任したときには、非常に強い閉塞感を感じました。学校の中に子供が閉じこめられているんですね。地域とのつながりもありません。ちょうど校舎を改築している最中でしたので、更地を見ながら考えているときに、フッと、森をつくることをひらめいたんです」
子供たちと教師、地域の住民が一緒になってつくった「川崎の森」は、教科を超えた総合活動のカリキュラムの中核となっている。「学校の子供たちと地域の自然・文化を、総合活動を媒介にしてつなげることで、子供や学校が生き生きする」という山之内さんの信念を都会の学校でも具現化するための「学校の森」なのである。
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学校の閉塞感を取り払う森
学校の中に自然を取り込むということならば、花壇づくりや屋上緑化、畑づくり、または近年盛んになってきている学校ビオトープづくりも、同じコンセプトで行われているものであろう。ではなぜ”森“である必要があったのだろうか。
「土をつくって種をまいて育てて、という体験自体は素晴らしいことです。でも、花壇や畑は、そのほとんどが1年草でしょう。森は一度つくれば、ずっとそこにあるんです。毎日ふれあうことができますし、それを6年間継続することもできますから、自然との”つながり感“は、それだけ強いものになります。それに、高度な精神的機能や多様な機能を持っている森は、それだけ教科に限定されない多面的、開放的な豊かな教材性を持っているということも大きいですね」森によってつながるのは、子供と自然だけではない。自然の少ない都会であればあるほど、「学校の森」づくりは子供にとっても親にとっても、もちろん先生にとっても新しい経験となる。そして、森の”いのち“とつながる感性は、幼い子供ほど豊かなのである。そのことによって学校に、教える教えられるだけの関係ではない人間同士のつながりが生じる。子供たちにとって学校が、より楽しい場所となったであろうことは想像に難くない。これは、単なる自然教育、環境教育といったものを超えた効果である。それはまた、学校の中の”森“を超えて地域社会の緑化、国土緑化への関心や地球環境への関心を深めることも期待されよう。また「川崎の森」を末永く保全するための「川崎の森の会」が地域住民によって組織されているが、これも学校に森をつくり出したことによる、地域との新しいつながりである。
「最近では、都会の学校が山村に出向いて森林体験をするといった活動が盛んになってきています。これはもちろん有意義なことですが、その活動をその場限りのものにしないためにも、子供たちが常に接することができる森があることは、大きな意味があると思います」
15年後
「これが森?」と言われていた川崎の森も、今ではすっかりと森らしい姿に
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”つながり感“を育む意識が大切
山之内さんは川崎小学校の次の任地である小千谷小学校でも30m×4mの小さな「学校の森」をつくり、それを核とした総合活動を進めており、その後各地に「学校の森」は広がっている。また、小千谷小学校での活動を紹介した本『森と牧場のある学校(手塚郁恵・著 春秋社)』が英訳、ハングル訳されたことで、諸外国にも「森の学校」は広がっており、韓国では国民運動にまで発展しているという。
1992年に退職した山之内さんは現在、日本ホリスティック教育協会相談役として「学校の森」の普及に努められており、ご自身の活動をまとめられた『森をつくった校長(春秋社)』を出版されている。近々「学校の森」を普及するためのNPOも立ち上げられる予定であるという(2003年当時)。
「2002年に総合的な学習の時間が導入されましたが、ただコメづくりをやれば総合学習だ、といった感じに捉えられていて、教科横断的な学習にはなっていないのが現実です。先生方が、地域の人とのつながり、教科どうしのつながりといった様々なつながりを育むことの大切さに気付いていないんです。逆に言えば、つながり感を育てるのは、学校の教育方針、つまりカリキュラム次第ということです。ですから学校の森も、森の”いのち“とのつながりを生かした教育方針さえしっかりしていれば、たとえどんなに小さな森であっても、その役割を果たすことができるはずです」
もちろん、学校の中に森をつくるということは、どこでもできることではないだろう。また、ただ学校に森があればいいというものでもない。学校から少し離れた学校林でもいいのである。公園でもいいのである。必要なのは、”つながり感“を育もうとする意識だ。そのことで子供たちが、そして学校が変わるのである。そして子供の心に育まれた”つながり感“が、森とともに暮らす社会を構築していく原動力となるであろうことは言うまでもない。
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広がる、
市民参加の
学校林整備活動これからの学校教育において、地域の参加は大きな命題であると言える。それは、森林教育・環境教育においても同じことだ。ここでは、今年3月に国土緑化推進機構が発行した冊子「新しい学校林を目指して」の内容を紹介しながら、市民参加による学校林の活用を考える。
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学校林は学校財産から環境教育の場へ
まずは、学校林のこれまでと現状を、簡単に紹介しよう。
1895(明治28)年、アメリカ人のノースロップ博士が時の文部次官牧野伸顕にアーバーデイ(愛林日)の精神を説き、牧野次官が尋常師範学校長諮問会で植林の励行を訓示の形式で提唱したことが、学校林活動の発端である。当時の学校林は、1904(明治37)年に出された文部省訓令に「学校樹栽のことたる教育上幾多の裨益あるのみならず学校基本財産造成の一法たり」との文書があるとおり、学校財産としての一面が大きかった。 学校林活動の目標は、時代背景とともに変化してきている。戦前の学校林活動には”愛国愛郷愛樹心の涵養“、戦後には”国土復興“といったものが主であった。学校財産の強化という面も持っており、この時期の学校林数は増加している。しかし林業の衰退とともに学校林の財産目的は薄れてしまったため、林業教育・環境緑化活動の場としての役割は担っていたものの、その数は徐々に減少してしまっている。2001年度に国土緑化推進機構が行った現況調査では、学校林保有校数は3312校、全小中高等学校数の約8%である。
しかし、”環境の世紀“と言われる21世紀に入った現在、学校林は環境教育の場として新たな注目を集め始めている。つまり、ただ学校が所有するだけの学校林から、積極的に活用される学校林へと変化し始めているのだ。そして、学校林の活用を活発化するためには、地域社会の積極的な参加が不可欠なのである。■学校林の利用状況(2000年)
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学校から離れるほど利用率は低い
もう少し学校林の現状を見てみよう。国土緑化推進機構は、2000年に学校林の利用状況についてアンケートを行っており(回収率39・3%)、その結果は表のようにまとめられている。
樹種別でみると、雑木林の学校林に比べて、スギ・ヒノキ林の学校林は3倍近くあるにも関わらず、その利用率は5分の1でしかない。そして、それ以上に顕著な差が出ているのが、学校からの距離の違いである。学校から1km以上離れている学校林は、学校に隣接した学校林と比べて、その利用率は15分の1以下である。
これらの結果は、かつて学校林の目的が学校財産であったことが大きく影響している。財産目的であるからスギ・ヒノキの人工林を造成することが多かったし、必ずしも学校に隣接している必要はなかった。そのことが、現在の利用率の低さを招いていると言える。
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学校林への距離と管理主体との関係
2000年に行われたアンケートと同時に、聞き取り調査や現地視察を行っており、学校林の学校からの距離と管理主体について、4つのパターンに分類されている。 - 学校管理型
学校が管理の主体。学校林が隣接しているケースに多い。 - 機能的地域組織管理型
管理の中心は機能的地域組織(例えばPTA)。学校からの距離が1km以内のケースに多い。 - 包括的地域組織管理型
管理の中心は包括的地域組織(例えば財産区)にあり、機能的地域組織が管理を補助。学校からの距離が1km以上の農山村部に多い。 - 市民活動団体管理型
管理の中心は市民活動団体にあり、機能的地域組織が管理を補助。学校からの距離が1km以上の都市部に多い。また、このタイプの多くは、行政が学校と市民活動団体とを結ぶ役割を果たしている。
学校林は、学校からの距離が離れれば離れるほど学校だけでの管理が難しくなるのは当然だ。管理されずに荒れてしまえば、勢い利用率も下がってしまう。だからといって、新しく学校に隣接した学校林を設定できる学校など、ほとんどないだろう。だからこそ、地域社会の参加が必要なのである。 - 学校管理型
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学校林ボランティア活動支援事業
国土緑化推進機構では平成14年度から、子供たちの森林体験活動の充実を図るために、森林づくりボランティア団体等が学校林の整備・保全を行うことを目的とした活動に助成する「学校林ボランティア活動支援事業」を実施しており、平成14年度は41件、平成15年度は44件の事例に助成している。平成14年度の助成対象団体は、PTAが18団体、同窓会・育友会等が4団体、緑の少年団が2団体、NPO・ボランティア団体が8団体、財団法人その他が8団体であり、幅広いスタイルの団体が学校林での活動を行っている。
学校林を市民団体が整備することの意義について、平成14年度、15年度ともに助成を受けている「函館地方国有林退職者緑の募金推進協議会」の武下秀雄さん(2003年当時)にお話しを伺った。この団体は、函館市立駒場小学校の学校林において、花木の植栽や、下草刈りといった森林作業を子供たちとともに行い、また、除間伐や枝打ち作業を、教職員やPTAとともに行っている。
「この学校林は、函館市内でも緑深い一角にあるのですが、これまで手入れがほとんどされずに荒れていたんです。ある時、学校から整備をしたいという話をいただきまして、それならばということで、森林体験のメニューを提供するとともに、ここ数年、一緒に森林づくり活動をしています。子供たちの反応は、私たちが思った以上に大きいですね。そして、きれいになった森林は地域の人たちの目を引きますから、この学校を核として、学校林の整備活動が他の学校へも広がってきています。地域の意識が高まってきているのでしょうね。おかげで忙しくなりました(笑)」
学校林は学校の施設であるというだけでなく、地域の環境の一部である。そして言うまでもなく、子供たちは地域の宝である。地域住民が学校林を整備することは、環境整備になるだけでなく、地域における教育参加にもなるのである。
また、森林づくりボランティア団体にとっても、学校林の整備活動には意義がある。森林づくりボランティア団体の慢性的な問題であるフィールド不足が解決されるのだ。
「私たちの本業は林野弘済会ですから、地域の市民団体から、フィールドを用意できないか、という話をいただいた時には国有林内のフィールドを紹介していたのですが、ある時、学校林での整備の話をしたら、是非一緒に参加したいということになりました。子供たちとともに森づくりを行うことは市民ボランティアにとっても刺激になりますし、そこでノウハウを学んでいただければ、さらなる森林づくりボランティア活動の広がりにつながっていくはずです」
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